「当たり前を捨てられない」自分を捨てる一歩

令和6年能登半島地震により
犠牲となられた方々に
黙祷を捧げる元日16時10分。

2年前のあの日、金沢は震度5強。
お仏壇の中のものが飛び出して
あちこち床に散乱する中、
とっさにかけた父の携帯番号は
すでに繋がらなくなっていた。

その前日、大晦日の午前中
珠洲市に向かう父の背中を見ながら
なんとなく心がざわついていた。

その後、7日目にして
金沢に戻って来ることができた父が
体験してきた孤立集落での話は、
甚大な災害を体験したことのない
私にとって、驚きの連続だった。

電気も水道も、携帯の電波も無く
閉じ込められた集落では、
隆起しむき出しになった海底から
サザエなどを拾い炭火焼きし、
山からは滔々と湧き水が流れ、
不便な中でもなんとかやっていたらしい。

電気がなくなったら
水道がなくなったら

災害時にパニックになるのは
能力不足じゃない。
「当たり前を捨てられない」
だけかもしれない。

これは災害時だけの話ではない。

仕事で想定外のことが起きた時
人間関係で前提が崩れた時
人生の計画が狂った時

同じことが起きている。

かくいう自分もブラジルで10年、
電気も水も「当たり前」じゃない
治安も不安定な環境で学んだのは
「前提を捨てる思考法」
だったのかもしれない。

災害対策の話だけではなく、
不確実性を味方にする「生き方」。

被災した父の集落でのできごとや、
ブラジルのスラムの住人たちが
教えてくれたことに感謝。

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